官僚主導の技術政策はなぜ遅れるのか?人事ローテーションと文理選択の構造から考える
技術政策が後手に回るとき、私たちはつい「あの官庁は無能だ」と個人・組織の資質の問題にしたくなります。しかし実際に遅れを生んでいるのは、人事・予算・教育という3つの制度が組み合わさった、もっと構造的な仕組みではないでしょうか。
ゼネラリスト前提の人事が、技術的な目利きを難しくする
霞が関の技術政策官庁を見渡すと、技術系出身の官僚は少数派です。国家公務員採用試験の総合職(かつての国家一種)で採用された職員は、係員・係長補佐・係長・課長補佐・課長……と昇進していく過程で、 1〜2年ごとに担当する局・課を異動していきます。総合職はゼネラリストとして育成する前提の制度であり、 ある年は法案作成、次の年は国会答弁の準備、その次は全く別の分野の実務、というローテーションを繰り返します。
この制度そのものは、行政官として幅広い視野を持たせる目的では合理性があります。しかし、 市場の変化が速い技術分野においては、担当者が本当に技術を理解し始めた頃に異動してしまう、 という構造的な弱点を生みます。法律・経済・会計・税制の専門教育を受けた職員が、基礎的な技術知識を 持たないまま技術政策の担当に就くケースは珍しくなく、その状態で数年先の技術動向を見通した政策を 立案するのは、率直に言って難易度が高すぎます。
筆者が以前、ある技術系官庁の担当者とやり取りした際、九州大学でバイオ系の博士号を持つ職員が 窓口だったことがあり、専門知識に基づいた的確な対応に助けられた経験があります。ただし、 これは筆者の経験の範囲では比較的まれなケースでした。技術系の博士人材が行政官として 中枢に長く残る例は、全体としては限られているという印象です。
予算制度の遅さ——概算要求から成立まで一年以上
技術政策の実務は、多くの場合、文部科学省などが大学や研究開発法人へ研究予算を委託する形で進みます。 ここで足を引くのが、日本の単年度予算制度です。各省庁は翌年度の予算を「概算要求」として 夏頃にまとめ、査定・国会審議を経て年度末に成立します。つまり、予算の構想から実際に 使えるようになるまで、最低でも1年程度のリードタイムがかかるのが通例です。
変化の速い技術領域では、この1年のズレが致命的になることがあります。加えて、 研究予算の配分は特定の研究機関に集中する傾向があるとしばしば指摘されます (東京大学や筑波大学のような、大型プロジェクトの実施体制を持つ大学が代表例として 挙げられることが多いです)。
発注構造とIT業界——多重下請けとの接続
霞が関のシステム調達は、大手SIerを頂点とする多重下請け構造と接続しています。 発注側(官庁)に技術的な目利き能力が薄いと、要件定義や検収の段階で発注側が ベンダー側の説明に依存しやすくなり、結果として特定のベンダーとの関係が固定化しやすくなります。 この構造そのものは経済産業省・総務省・文部科学省などの省庁間でさほど違いはなく、 「官僚主導の技術政策が出遅れる」という現象は、特定の省庁に固有の問題ではなく、 霞が関全体に共通する構造の問題だと考えるのが実態に近いでしょう。 日本のSIer業界の多重下請け構造そのものについては、 別記事で契約・課金単位の観点から詳しく分解しています。
根本には、18歳での文理選択という教育制度の入口がある
ここまでの人事・予算・発注の問題は、いずれも「入り口」の問題に行き着きます。 日本の高校・大学入試制度は、多くの生徒に対して、17〜18歳という早い段階で 文系・理系のトラックを実質的に固定させます。一度商学・法学・経済学系の学部を選べば、 その後理系的な基礎教育(数学・物理・情報科学の体系的な学習)へ戻る回路は、 制度としては用意されていても、実際にはアクセスしづらいのが現状です。
「文系は悪だ」と断じるのは乱暴です。ただし、法律・会計・税制といった専門知識の位置づけは、 今後変わっていく可能性があります。これらの分野は比較的定型的なルールと判例・先例の パターン認識に依拠する部分が大きく、特化型AIによる代替が進みやすい領域だと考えられており、 中長期的には専門家の必要性そのものが徐々に縮小していくことが予見されます。 だとすれば、「文系は悪」ではなく「特定の専門知識だけに依存したキャリア設計は、 AIによる代替リスクに対して脆弱である」という言い方の方が正確でしょう。 また、すべての生徒が理数系の適性を持つべきだ、という話でもありません。適性や関心には 個人差があり、それは性別とも無関係です。問題にしたいのは、適性や関心とは無関係に、 17〜18歳という早すぎるタイミングでの一度の選択によって、理系的な基礎教育へのアクセスが 事実上閉ざされてしまう制度設計そのものです。この年齢で、将来どの技術がどう発展するかを 見通してキャリアを選べというのは、あまりに酷な要求でしょう。
経済学ではこうした状況を情報の非対称性と呼びます。17〜18歳の生徒と、 大学・産業界の間には、将来の技術動向や職業選択の帰結に関する圧倒的な情報の差があります。 情報を十分に持たない側が、後戻りの難しい重大な選択を迫られる——これが、 技術政策を担う人材の裾野を、入り口の時点で狭めている一因だと考えます。
まとめ
- 技術政策の遅れは、個々の官僚の能力ではなく、ゼネラリスト前提の人事ローテーション・単年度予算制度・発注構造という複数の制度が組み合わさった結果と見るべきである
- 総合職のローテーション人事は、技術分野を深く理解し始めた頃に担当者が異動してしまうという構造的弱点を持つ
- 概算要求から予算成立までの1年超のリードタイムは、変化の速い技術領域との相性が悪い
- 研究予算配分の集中や、多重下請け構造とのつながりは、特定省庁に限らず霞が関全体に共通する問題である
- 根本的な要因は、17〜18歳での文理選択という教育制度の入口にあり、これは情報の非対称性の問題として理解できる
- 「文系が悪い」という個人・属性への断罪ではなく、早すぎる一度の選択で理系教育へのアクセスを事実上閉ざす制度設計こそが問題である